集合知で「言語の壁」越える
ネット上の機械翻訳、辞書サービスを組み合わせ
「言語の壁」は国と国、人と人を隔て、誤解や諍いの原因にもなってきた。国際化時代になったとはいっても、その壁はまだまだ高い。各国の大学・研究機関、企業・団体が持っている機械翻訳システムや対訳辞書データベース(言語資源)を、インターネットを通してうまく組み合わせて使う「言語グリッド」によって、その壁を乗り越えようと、京都大情報学研究科の石田亨教授は考えている。誰でも気軽に国際交流でき、異なる文化を持つ人々が共に生きる多文化共生社会を実現する強力なツールにしたいという。

「言語グリッドの背景」
国際化時代とはいっても、「言語の壁」は高い。国際語とされる英語でも、使っているのは世界の人口の3分の1だ。
言語グリッド
インターネット上にある言語資源(機械翻訳システム、対訳辞書など)を網状(グリッド)につなぎ、うまく組み合わせることによって現場に必要な様々な多言語環境を生み出す。言語の壁を越えるコミュニケーションや異文化コラボレーションのための多言語基盤。
17カ国、115団体が参加。世界中で利用可能
「最初に作ったのは、フランス語を大阪弁に翻訳するシステムです。仏英翻訳、英日翻訳、標準語大阪弁翻訳という順に翻訳させたのですが、『ジュテーム』が『好きやねん』に、とばかり報道されてしまって。まだ研究の目的が理解されていなかったんです」と笑う。
2006年4月に独立行政法人情報処理通信機構と開発を始め、07年12月から運用開始した。当初の参加数は5カ国、30団体だったが、09年10月には17カ国、115団体まで増えた。09年春には米国のグーグル社が参加を決め、自社の機械翻訳を提供、ウィキペディアを運営しているウィキメディア財団も参加登録を検討中だ。
機械翻訳システムなどの言語資源を持っている大学・研究機関・企業などには、Webサービスの形にして提供してもらうので、インターネットにつながった端末ならどこからでも利用可能だ。機械翻訳や辞書DBの呼び出し方(インターフェース)はそれぞれ微妙に異なるので、「共通のインターフェース(ラッピング技術)や、順に呼び出して実行する手順(ワークフロー)を作るのに2年かかりました」という。いまでは英、独、仏、西、中、韓など多数の言語を相互に翻訳できるほか、様々な専門辞書と用例対訳集を利用できる。
ラッピング技術
サービスごとに異なるインタフェースの固有部分を、ラッパーと呼ばれるプログラムが吸収することによって統一されたインタフェースに見せ、簡単サービスにアクセスできるようにする技術。
ワークフロー
一連のサービスを効率よく円滑に行うために、必要な作業の手順と仕事をあらかじ め規定した流れ図のこと。これによって、手順や仕事の内容をまったく知ない素人でも簡単にサービスを受けることができるようになる。
病院の外国人患者や国際的NPOを支援
翻訳の正確さを左右するのは辞書で、科学、防災など専門領域で不可欠なのは当然として、病院、学校など日常生活でも「業界用語(ジャーゴン)」が少なくないため、とんでもない誤訳が起きてしまうことがある。「こうした辞書はユーザーがそれぞれ手作りしたものを登録してもらい、みんなで共用することで、翻訳の精度はアップしていきます。ネット上の百科事典・ウィキペディアがユーザーの書き込み・更新によって、巨大な知識DBとなったように、『みんなの力』『集合知』によってどんどん成長していきます。ソフトのソースコードも公開しているので、ユーザーが新しいツールを自主的に開発することも可能です」

「言語資源を共有する」
機械翻訳の正確さを左右する科学、防災など専門領域の辞書・用語集は、ユーザーに手作りして登録してもらい、共有・共用する。
すでに、国内外で利用が始まろうとしている。たとえば、京都市立病院や京大病院ではすでに外国人の患者の受付支援で活躍中。京都市上京区の賃貸マンション・アパート・店舗仲介会社は、外国人の顧客とのやりとりに機械翻訳を利用する予定で、約1,300店舗が参加するきょうと情報カードシステム(KICS)もパンフレットや京都の名品紹介の多言語翻訳に使い始める。外国人の生徒が多い学校では、教師や生徒同士のコミュニケーションに使えるし、大学でも留学生などからの問い合わせへの応答に利用することを検討中だ。

「言語グリッドの機能」
各国の大学・研究機関・企業などに機械翻訳システムなどの言語資源を、Webサービスの形にして提供してもらう。インターネットにつながった端末ならどこからでも利用可能だ。
近い将来、企業への開放も検討中
国際的なNPO「パンゲア」では、ボランティアスタッフ間の情報・意見の交換で活躍している。日本、韓国、豪州、ケニアなど7カ国の子どもたちがネットを介して交流する遊び場「ユニバーサル・プレイグラウンド」を運営しており、自分の母国語で入力すると、自動的に日・韓・英・独語の翻訳されて、それぞれの国のWebサイトに表示される。パンゲアは、言語グリッドを利用することで、世界中のボランティアスタッフの協働を可能にしている。

「言語サービス」
直接、その言語に翻訳するシステムがなくても、日本語→英語→フランス語という風にすることで、さまざまな言語に翻訳することが可能だ。
現在は非営利利用に限定しているが、近い将来、企業の研究活動や営利活動にも開放することを考えており、そうなれば多文化共生社会の必須インフラとして定着していく。
「私の研究室は10年以上前から、デジタルシティなど社会との接点を探る姿勢でさまざまな取り組みをしてきました。言語グリッドではこれまでの経験が生きています。」石田教授はこう締めくくった。
(三木昭、2009年11月11日)













