感情や文化の深層をコンピュータとのやり取りで理解する
従来、異文化を理解するにはどんな方法があっただろうか? 一番オーソドックスなのは、外国の本を読むこと。そして、映画を見る、音楽を聴く、留学や旅行で直接に体験する…など。しかし今は、インターネットで世界が常時つながっている時代。コンピュータという強力なテクノロジーを使って文化の深い構造を捉えることができないだろうか。これが、土佐尚子教授が追求している「カルチュラル・コンピューティング」という概念である。この「カルチュラル・コンピューティング」という言葉自体、土佐教授による新しい造語なのである。
カルチュラル・コンピューティング
コンピュータを単なる計算処理、情報処理の機械ではなく、目に見えない人間の心や感情、さらには各民族固有の文化を理解する手段にまで推し進めようという考え。土佐教授がパイオニアとなって切り拓いている新しい分野である。
「感情」をコンピューティングすること
土佐教授のキャリアは、「ビデオ・アート」に始まっている。それだけに研究内容も優れて視覚的であり、「作品」と呼ぶにふさわしい。人間の脳をモデル化したニューラルネットからヒントを得た初期の作品「ニューロべイビー(Neuro Baby)」では、ディスプレイ画面にかわいい赤ん坊の姿が現れる。そして、たとえば「かわいいね」と呼びかけると、その語調・抑揚に反応して喜んだり、悲しんだり、嫌がったりする。呼びかけの言葉の「意味」に反応するのではなく、「語調・ニュアンス」に反応するのだ。憎々しげな語調で「かわいいね」と言えば悲しみ、心をこめて「かわいいね」と言えば喜ぶ。言葉の背後に潜む感情を探り出して可視化するという、まったく新しい視点に立つ作品である。この技術は、将来、ロボットとの感情をこめた対話の実現に応用できると考えられる。
ニューラルネット
人間の脳は、ニューロンという神経細胞の集まりである。各ニューロンは樹状突起(入力端末)と軸索(出力端末)を持ち、互いに情報をやり取りする複雑なネットワーク構造を作っている。このような脳の仕組みをコンピュータで再現することにより問題解決をはかろうとするのが、ニューラルネットの考え方。
「無意識」をコンピューティングすること
さらに研究は深まり、「無意識」を捕らえることに土佐教授の関心は向かった。そして完成したのが「無意識の流れ(UNCONSCIOUS FLOW)」である。たとえば一組の男女が、指先に心拍数を測る小さな装置をつけて向き合う。手にはそれぞれ赤色と黄色のパレットが握られており、カメラがこのパレット間の距離を計測している。スクリーンには、男女二体の人魚が映っていて、それぞれの男女の分身を表している。二人が手を動かすと、パレット間の距離と心拍数に応じて、スクリーンの人魚が動きだす。二人の間の共感度が高いと、人魚たちは寄り添うようにダンスをはじめ、共感度が低いと離れていってしまう。極端な場合には、人魚たちが喧嘩をはじめることもある。二人は、言葉を交わしてはいない。ただ相手に応じて手を動かしているだけであるが、その動きの背後に隠れている目には見えない無意識の世界を、人魚の動きを通して可視化するのである。人魚たちは、お互いに関心はあるのだが恥ずかしいので無関心を装っている、というような微妙な心の「綾」を映し出すのである。
「禅の世界」をコンピューティングすること

「感情」や「無意識」という、これまでコンピュータの世界では「情報」と考えられていなかったものを扱うという段階から、研究は民族の持つ文化の深層を探る段階に発展してゆく。禅の世界をコンピュータで探る、という野心的な試みがそれだ。きっかけは2002年4月、京都で開かれた雪舟の大回顧展だったという。そこで見た山水画に深く魅入られ、禅の世界観をなんとかコンピュータで捕らえることができないかと考えはじめた。その結果できあがったのが、コンピュータによる山水禅「ZENetic Computer」という作品だ。編集工学の松岡正剛氏と共同研究である。
ディスプレイ画面に、山や人、家、川といった漢字が並んでいる。山をクリックすると、墨絵の山がいくつか現れる。自分の好みの山を選んでドラッグし、ディスプレイ画面の好きな所に配置する。次は家だ。このようにして、オリジナルの山水画を作るのだ。その後の流れは、次のようになる。
(1)山水画を作る、(2)山水画のアイコンに関係する俳句ができる、(3)山水画の物体に近づくと関連する禅問答が発生する、(4)禅問答インタラクションの結果により宮崎友禅斎の着物の文様デザインの中からユーザーの性格に合致したスタイルの着物が現れる。そして最後は、悟りに導く禅のメッソドである「十牛図」が現れるのだ。
公開してみると評判は上々で、海外の展示では大人はもちろん子どもたちも嬉々として山水画を作っている。禅寺のお坊さんですら、楽しんでいる。
「芸術とテクノロジーの問題から始まって文化とテクノロジーの問題に進み、両者の融合した世界、創作者と鑑賞者との心の通い合う場という問題に真剣に取り組んでいる」
京都大学前総長で、現在は国立国会図書館長である長尾真氏は、土佐教授の研究を高く評価して、こんなコメントを寄せている。
繰り返すが、土佐教授の「作品」は優れて視覚的である。ここにあげた作品以外にも、「突っ込みコンピュータ」と対話しながら漫才を作る「インタラクティブ漫才」など、おもしろい作品があるので、ホームページで実際に体験されることをおすすめする。
十牛図
人を悟りへと導く禅のメソッド。牛は「心」の象徴である。牛を捜そうとする「尋牛(じんぎゅう)」に始まり、以後九つの段階をへて、人との付き合いが輝いてくる第十段階の「入鄽垂手(にってんすいしゅ)」に至る。
(友野茂、2009年12月4日)













