長年に渡って集積した資料を集約するとともに、貴重な研究成果を後世に伝えようと、現在、多くの大学や団体でデジタルアーカイブの取り組みが進められている。インターネット上で公開されているものも多い。
しかし、単にデジタルデータ化された資料をPCで閲覧するだけでは、その資料が持つ本来の意味合いを伝えることは不可能だろう。
龍谷大情報メディア学科の岡田至弘教授は、アーカイブの最終目的はアセットのデジタル化ではなく、それらの成り立ちを明らかにしたうえでのアーカイブだと考えている。そのままでは判読が難しいほどに劣化した古文書であれば、高度な解析技術で文字や絵をよみがえらせ、原形を復元させたうえで、広く発信することを目指すのだ。
地図としての役目を取り戻した「混一疆理歴代国都之図」
西本願寺を母体とする龍谷大学の図書館には、仏教ゆかりの美術品や貴重な歴史資料が数多く収蔵されている。そのなかで、解析技術を駆使して一躍注目を浴びることになったものに、「混一疆理歴代国都之図」(こんいつきょうりれきだいこくとのず)と呼ばれる世界地図がある。絹本を3枚合わせた縦130cm×横160cmになる大きなもので、明の年号で建文4年(1402)作成とされる世界最古の世界地図である。現物は経年変化や表装による劣化が激しく、解析研究を開始した2005年の時点で、地図上の文字やマークはほとんど読み取ることができなかった。




「美術品として考えるのであれば文字が読めなくてもいいのかもしれませんが、地図としての意味を考えると地名や地形が正確にわかる必要があります」と岡田教授は強調する。そのため、デジタル処理を施すことで地図としての役割を取り戻すことを目指した。具体的には(1)着色に使用されている顔料などの色情報を分析し色彩をはっきりさせる、(2)表装によって発生した絹本の経(たて)糸と緯(よこ)糸のずれを元に戻して文字のゆがみを補正することによって画像を鮮鋭化し、肉眼ではわからない文字や記号を解読することに成功した。

「地図はいくつかの階層でできています。まず輪郭があり、ランドマークとなる記号や都市名が描かれています。単に地図全体を明るく見やすい状態にするだけでなく、それぞれがどんな顔料を用いて描かれたのか成分を解析し、文字が見えなくなった原因をつまびらかにすることで、今後の地図研究、そして文化財研究に役立つと考えています」。
解析を経て明らかになった地名や河川、島などの位置関係によって、15世紀始めの世界情勢や世界観までも知ることができたのだ。
集積した情報を、初等教育に生かす仕組みづくりを
地図解析に用いた技術は、国宝級の文化財の修復の現場でも生かされている。西本願寺書院「虎の間」の杉戸絵の解析にあたっては、顔料の粒形を顕微鏡で分析し、多量の金が用いられていることがわかった。現在は黒ずみがひどく元の姿を留めないが、かつては外光があたることで非常に美しく輝いていたことが推測される。
「文化財は本来どのような姿であり、どのように作られたものであったかという研究をともなったアーカイブこそ、後世の人たちに遺す意味があるのではないでしょうか」
そのためには研究分野の壁を超えた連携が欠かせない。異分野の研究者間で情報をいかに集積していくかによって、成否が左右される。
今後の課題は、これら解析されたデジタルデータの広汎な活用法である。
「たとえば大英博物館は『マグナ・カルタ』専用のデジタルビューアーが用意されており、展示されているページ以外も見ることができます。研究者たちだけでなく、一般の人たちも貴重な資料に気軽に触れることができます」
ホームページでも公開され、初等教育にも活用されているという。誰もが自由にアクセスできる環境が整えられることで、実社会でも貴重な資料が生きてくる。そのためにも、大学をはじめとする所有者側がアセットを今後どのように発信していくかが重要だという。
2011年春、龍谷大学内に国内トップクラスの床面積を持つ大学ミュージアムがオープンする。貴重なオリジナルの文化財とともに、デジタル処理によって息を吹き返した“本来の姿”も同時に展示される予定だ。
(河合篤子、2009年12月18日)













